
たぶん小学校四学年の頃
秋の遠足で分校に向かう
泣いてる稔君が隣を歩く
そこには先生の顔がない
こんなにも泣いてるのに
先生は気づこうとしない
私達は見はなされている
先生達の暴言や暴力等は
幼い脳裏に強く刻まれる
六十数年経ても消えない
学校教育法の施行後でも
指導力不足で心無い鬼が
幾度も夢に出て魘される

小学校の楽しい思い出は
三学年の及川&長崎先生
及川先生が病気になって
長崎先生は代替の女先生
両先生は人間性の豊かな
とても優しい笑顔の先生
今でも心に残る先生たち
学校の究極的な役割は
心豊かな人間性の形成
登校するのが待ち遠し
早く朝が来てほしいと
思える学校でありたい
この記事へのコメント
Take-Zee
小学校のころはイタズラ坊主だったので先生には
よく叱られていました。
でも、4年生のときの担任は温かく指導してくれ
”いい子ちゃん”に変身しました・・・
叱るばかりではダメなんです (^-^)!
夏炉冬扇
nousagi
それとは逆に有り難かったなぁと、心に残る先生がいます。
人との、良い出会いは一生の宝ですね。
嫌な方は忘れます。
ぼんぼちぼちぼち
いい先生も悪い先生も、何十年経っても脳裏深くに刻まれてやすね。
ちょうどあっしも、近いうちにこのこと、記事にしようと考えてたところでやす。
ヨッシーパパ
mau
斗夢
正規の先生ではなかったんですね、戦争で資格が取れなかったんでしょう。
夏休み等に、云うなれば補習を受けて正規の先生になりました。
授業時間外に習字やそろばんを教えてもらいました。
先生と遊びました、ビー玉や雪合戦^^
しゅん
Take-Zee さんへ
しゅん
夏炉冬扇さんへ
しゅん
nousagi さんへ
しゅん
ぼんぼちぼちぼちさんへ
しゅん
ヨッシーパパさんへ
しゅん
しゅん
斗夢さんへ